2009年11月 5日 (木)
2008年2月27日 (水)
蝉時雨のやむ頃
帰宅して、届いたばかりの『このマンガがすごい』(宝島社)の2008年版を開いていたら、吉田秋生の『海街diary1 蝉時雨のやむ頃』(小学館)が、オンナ編の第2位に選ばれていました。何だかうれしくなって、でも1位じゃないのはなぜなんだとぶつぶついいながら、本棚から引っ張り出してしばし読みふけりました。昨年5月に刊行されたこの作品について、以前ブログで書いたことがあったかなと思って検索してみましたが、どうもなかったようですね。
一昨年に完結した『イヴの眠り』を読んだときに、吉田秋生さんの作風がぐっとフェミニンになっている感じがしたのですが、『蝉時雨のやむ頃』はなんというか平成鎌倉の『細雪』のような趣(?)を醸し出しています。この美しく魅力的な4姉妹の物語は、今もゆっくりと不定期連載中のようですが、そろそろ第2巻が出ませんかね? とても楽しみです。
さっき調べていてわかったのですが、この『蝉時雨のやむ頃』が文化庁からなんとか賞とかいうのを受賞していましたね。すみません、正確に言うと「第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞」だそうです。どんな賞なのかよくわかりませんが、『電脳コイル』も授賞していますから、やりみずと同じような趣味の賞のようです(^^;)。とにもかくにも、おめでとうございます。
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2008年2月26日 (火)
2008年1月26日 (土)
この世界の片隅に
こうの史代の『この世界の片隅に』上巻(双葉社)をよみました。
『夕凪の街 桜の国』 で、すっかりこうのさんの世界のとりこになってしまったやりみずですが、この新刊も期待にたがわず、何度も読みかえしたくなるすばらしい作品です。
下巻が出るのが待ち遠しいのですが、可憐で健気なヒロインがはたして8月6日を生きのびることができるのか、はらはらしていたたまれないような気持ちにもなります。
2008年1月18日 (金)
キリクと魔女
ミッシェル・オスロ監督『キリクと魔女』のDVDをみました。すばらしいアニメーションですね。目の覚めるような色づかいと躍動的な音楽にすっかり魅了されました。今夜はフランス語版を日本語字幕でみたのですが、ジブリ制作の日本語吹き替え版も改めて鑑賞してみたいです。
2007年9月29日 (土)
アニメの時間帯
先週まで、土曜日の夕方6時は、TBSで『地球(テラ)へ』みていました。竹宮恵子の原作も恩地日出夫監督の映画版もリアルタイムでみていただけに、ずいぶん時を隔ててのTVアニメ版の登場には、「なぜ今、テラなのか?」という意外の感がありました。でも、始まってみるとけっこうワクワクしながらほとんど毎週みることができましたね。40代の同僚の中にもけっこうファンがいるようです。
『風と木の詩』や『ジルベスターの星から』など竹宮ワールドのキャラやアイテムがさりげなく活用されているのには、毎回にやりとさせられました。メカや背景など美術の完成度も、映画版より格段に優れていたと思います。ストーリーや人物設定も、原作と微妙に違っていて、その変奏ぶりもなかなか気に入りました。ただ、最終回はあれでよかったのかな? やはり、原作のエピローグには及ばなかったように思います。
その後、6時半からはNHKで『電脳コイル』を見ています。こちらももうすぐ放送終了ですね。やや伏線を張りすぎているような気もしますが、作品世界や人物の設定がよく練られていますし、絵も音楽もていねいに仕上がっています。〈めがねっ子〉ばかりのキャラも、実にサイバーリアルで、はかなげなんだけど生き生きしています。朴璐美が声で演じている男の子が私と同じ名前だというのには苦笑させられました。彼のオバさんやヤサコもどちらかというと私の好みに近いし、何だかんだと毎回楽しみにみています。
2007年9月 2日 (日)
杉並アニメーションミュージアム
秋晴れといってもいいくらいのさわやかな日曜日でした。夏休み最後の日ということで、宿題を何とか片づけたらしい次男のリクエストで、荻窪にある杉並アニメーションミュージアムまで出かけてきました。
赤塚不二夫フリークでもある次男のお目当ては、「これでいいのだニャロメ!展」だったのですが、アニメーションの制作過程を体験できるコーナーなどもあって、なかなか楽しいミュージアムでした。
2007年8月25日 (土)
ミヨリの森
たった今、見終わったばかりなのですが、5点満点で2点、いや、10点満点で3点かな..。見ていてけっこう辛いところがありました。
筋立てが陳腐で、奥行きがありません。登場人物たちや森の精霊たちのキャラも魅力に欠けます。音楽は「もののけ姫」の引用かなとマジで思いまし
た。音楽に限らず、あちこちで「もののけ姫」「トトロ」「千と千尋」「魔女宅」からの借用が目立つのですが、その借用にも機知や批評精神が感じられません
でした。
2007年7月14日 (土)
2007年7月 7日 (土)
2006年9月 9日 (土)
花田少年史1・2
先日、映画をみたのがきっかけで原作をよみ始めました。何だかひさしぶりに〈少年漫画〉をよんでいるなぁ、という感慨を抱きつつ、今日は作品の年代考証を試みます。
花田家に据え置かれている洗濯機とテレビが、まず郷愁をそそります。手回し脱水機のついた一漕式洗濯機は、わが家が最初に買ったのとそっくりです。白黒テレビは主人公に壊されて犬小屋に改造されてしまいますが、わが家の初代テレビも鳥小屋として余生を過ごしました。花田少年がカラーテレビをほしがっているところをみると、年代は1970年代前後とみてよさそうです。
第2巻の冒頭に、花田家の壁に「9月のカレンダー」が貼られています。それをみると9月1日は火曜日ですね。この曜日に符合したカレンダーを探してみると、戦後から昭和の終わりまで1953年、59年、64年、70年、81年、87年の計6年分あることがわかりました。64年まではカラーテレビは普及していないし、80年代以降ではさすがに新しすぎます。やはりこの作品は1970年を舞台に設定されているんだと一度は確信しました。小学校3年生の花田一路少年は、1961年生まれということになります。私よりひとつ年下ですね。
ところが、さらに読み進めると〈あべ静江〉が出てきて大いに困惑させられます。「お元気ですか」で始まる『みずいろの手紙』は、今の私もそらで歌えるあべ静江のヒット曲ですが、彼女のデビューは1973年なのです。もし、この作品が73年を背景にしているならば、花田少年は1964年生まれということになりますが、そうだとすると先ほどの9月のカレンダーの曜日が一致しないのです。
疑問が解決しないまま、作者の一色まことさんは何年生まれなのかを調べましたが、これも一般には公開されていないようです。たぶん私と同世代なんだろうなと勝手をつけて探索を打ち切ろうとしたところで、突然作者が女性だったとことを知り、ガクゼンとさせられました。なんだかいろいろ調べたわりに、自分自身で納得できるまではもう少し時間がかかりそうです。
2006年8月29日 (火)
はだしのゲン
ビデオでアニメ版『はだしのゲン』(1983年)をみました。原爆の惨禍を主題にしたあまりにも高名な作品ですが、今の今までなかなかみる気になれないでいました。小学生の時に中沢啓治の原作を読んだときの印象があまりにも強かったからだと思います。
当時、ほとんどの少年漫画誌を濫読していた私は、それなりに漫画についての審美眼を持っていたと思います。私は、中沢さんの描画は好きではありませんでした。もっとはっきり言えば、ヘタな絵だと思っていました。口の大きすぎるゲンの顔が嫌いでした。黒目の大きすぎるゲンが大きな口を開けて泣き叫ぶのは不愉快でした。その不愉快な絵で、体中に突き刺さるガラス片、溶けて垂れ下がる指先、黒こげになった赤ん坊等々をみせつけられて、私はもっともっと不愉快になりました。
wikipediaで調べてみると、私が読んだのは1972年の『少年マガジン』誌上で、その時の題は「はだしのゲン」ではなかったようです。1973年から今度は『少年ジャンプ』で連載が始まりますが、その年から私は中学生になり、少年漫画誌から「卒業」してしまったので、連載されていた「はだしのゲン」はほとんど読んでいないことになります。以後も、『黒い雨』や『夏の花』や『ヒロシマ・ノート』は読んでも、『はだしのゲン』を再読したいとは思いませんでした。
長男が小学校の図書館で『はだしのゲン』を読んでショックを受けたとか、中学校の国語の授業でアニメ版をみたとか話していても聞き流すだけでした。wikipediaにも言及がありましたが、たぶんこれは一種の「トラウマ」になっていたんでしょうね。作者もそれを望んでいるくらいですから...。
友人のS君が学生時代、このアニメ版の制作に関わっていたことを聞いたのはつい最近のことです。「あの絵がちょっと苦手で..」と私がつい本音をこぼすと、S君は笑って「アニメ版はキャラがぜんぜん違うよ」と言うので、勇気を振り絞ってビデオを借りてきた次第です。
前置きだけで、今日のブログは終わってしまいそうですが、今はただS君に感謝しています。歌だけはなんとかしてくれ(笑)と思いましたが、生き生きしたキャラクターの自然な動きと、人物ではなく映像をして語らせる抑制のきいた演出に感心いたしました。エンディングのスタッフ・ロールにS君の名前を見つけたとき、いい仕事をしてきたんだなぁと改めてS君への敬意がふくらみました。どうもありがとう!
2006年8月18日 (金)
ゲド戦記 反省会2
多摩境のスターバックスで、S君と談笑。『ゲド戦記』の原作者ル・グウィン氏のコメントを見せてもらいました。ずいぶん「抑え気味」ですが、ジブリ版への失望と怒りはじゅうぶんに伝わります。そのいくつかを引用してみます。
この映画は、「トトロ」のような繊細な正確さや、「千と千尋の神隠し」のような力強さや細部のきらびやかな豊かさは持ち合わせてはいません。比喩的描写は効果的に使われていますが、ありきたりのものです。
同感です。これまでのジブリの名作と比較するのも恥ずかしくなるほどです。情けないくらいにダメなアニメでしたが、もっとも致命的なのは「繊細さの欠如」ということだと思います。
映画の多くはエキサイティングでした。そのエキサイティングな部分は、それは、原作の精神とはひどくかけ離れていると思うくらいの程度に、暴力によって保たれていました。
礼儀正しいですね。私にとっては「エキサイティング」な場面はほとんどありませんでした。「暴力」についての批評は同感ですね。ただ、当否をめぐって議論もされた「ナウシカ」や「もののけ姫」における〈暴力〉と比べると、ゴロー版「ゲド」の「暴力」はあまりにも粗野で安っぽすぎます。
映画の多くは、私が思うに一貫性がありませんでした。
私は、本だけでなくその読者を見下した行為に驚いています。
私は、この映画の「メッセージ」が少々高圧的で荒っぽく感じます。
これくらいで十分でしょうけれど、この翻訳文の入手元が分かりましたので、以下にリンクさせていただきます。翻訳文にもいろいろバージョンがあるんですね。
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2006年8月11日 (金)
「ゲド戦記」の反省会
アニメーターのS君と多摩境のスターバックスで、スタジオ・ジブリの未来に暗雲を投げかけた『ゲド戦記』の反省会をしました。もしかしたら、どこかに、ひとつくらいは、いいところがある、かもしれない、とふたりでしばし考えたのですが、ついにひとつも思いつかない悲惨な展開になりました。
ふたりとも原作を読んでいないので、きちんと評価するためには原作も読んだ方がいいんだろうね、とはいうものの、なかなかそういう意欲も湧いてきません。『ナルニア物語』や『指輪物語』とはエライ違いです。
ゴロー君のいたずら書きはさっぱり忘れて、もはや存在しなかったことにして、お父さんがはじめから作り直すしかないんじゃないのかな?
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