THIS IS IT
マイケルの遺作となってしまったTHIS IS IT をたったいまみてきました。最近のリハーサル時の映像を中心に構成された映画なのですが、50歳になっても才能がキラキラ輝いていて、どこまでも前向きで、誰に対しても謙虚なマイケルが、この直後に亡くなってしまったなんてほんとうに信じられません。
マイケルの遺作となってしまったTHIS IS IT をたったいまみてきました。最近のリハーサル時の映像を中心に構成された映画なのですが、50歳になっても才能がキラキラ輝いていて、どこまでも前向きで、誰に対しても謙虚なマイケルが、この直後に亡くなってしまったなんてほんとうに信じられません。
今夜はテレビ朝日で『点と線』をみました。始まってすぐに、なんだか以前に見たことがあるぞと気がつきましたが、2年前に2回に分けて放映されたドラマの再編集版だったんですね。でも、たけしの名演と昭和の匂いに引き込まれて、最後までみてしまいました。
松本清張の生誕100年に合わせた企画のようですね。僕は清張の『昭和史発掘』のようなノンフィクションはいくつか読んでいるんですが、生来のSF志向のせいか、推理小説の方にはあまり深入りしませんでした。それでも『点と線』は中学生のときに読んで感心した覚えがあります。時刻表ミステリーの元祖ですね。
今年で生誕100年の作家というと、中島敦、太宰治、大岡昇平もそうですね。活躍している期間がずいぶん違っていて、とても同年生まれとは思えません。
公開の始まった『ヴィヨンの妻』には奥さんも興味があるらしく、珍しく(?)いっしょに映画館まで見に行きたいと言っています。
というわけで邦楽編です。カラオケで字幕を見なくても歌える曲がたくさんありますね。
井上陽水「氷の世界」「夢の中へ」「心もよう」
当時ICUの学生だった親戚のお姉さんがプレゼントしてくれたのが井上陽水のカセットテープでした。このテープ、まさにすり切れるまで聴き込みました。抒情的でシュールでロックでフォークな万華鏡みたいな音楽でしたね。今でも「夜のバス」とかは泣きそうになりながら聴いています
このお姉さん、大学でいっしょに学んでいる留学生を連れて、よくうちに遊びにきていました。そのなかに香港からきたリーさんとラオさんというハンサムな留学生がいて、二人が生ギターで演奏するサイモンとガーファンクルは絶品でした。このデュオは「銀座ナウ」とかいうテレビの音楽番組(?)に出演して、4週連続勝ち抜いたことがあります。5週勝ち抜くとプロになれるとか言われていましたが、本人たちは全然その気がなかったため、5週目で「負け」にされてしまいました。
ガロ「学生街の喫茶店」
なんでこの3人、こんなにテレビによく出るんだろ、と半ばあきれて見ていた記憶があります。当時は「テレビに出ない陽水や拓郎はエラい」、みたいな感じがありましたね。
大学に入ってからのことですが、一年下の友人からガロのすばらしさを2時間以上にわたって説き伏せられたことがあります。そのときは彼の情熱に打たれるばかりでしたが、最近は素直にいいなぁと思って聴いています。
南こうせつとかぐや姫「神田川」
「うちのお父さん」のこうせつよりも「アビーロードの街」「22歳の別れ」の伊勢正三の方が、歌唱力は断然落ちるけど、どっちかといえば好みでした。ちょっと後になるけれど「なごり雪」も「海岸通」も「ささやかなこの人生」も今もじいんときます。
でも、やっぱり「神田川」は名曲です。時と場所がぴたりとはまると、ものすごい感慨がこみ上げてきます。
麻丘めぐみ「わたしの彼は左利き」
いきなりアイドル歌謡ですいません。やりみずの私も左利き。フリルのミニスカートをはいた麻丘めぐみが、微笑みながら指をくるくるまわすたび、13歳のやりみず少年はどきどきしていました。
まだまだあの歌この歌があるけれど、今夜のところはここまで…
今日は長男がサークルで埼玉へ、次男も部活で山梨へ、と朝早くから夫婦ふたりになったので、ちょっとそのへんまでの気持ちでドライブに繰り出しました。午前中はお天気もよく、道路も空いていたので、気がついたら静岡まで行ってしまいました。まあ、いつものことかな。清水港の魚市場に立ち寄って、新鮮でお買い得な魚をみたら奥さんも大喜び。
市場に並んでいたこのサメ、触ってみたけどサメ肌じゃなかった。つるつるしていてコラーゲンたっぷりという感触でした。
行きはヨイヨイだったのですが、帰りは東名の事故渋滞に巻き込まれ、雨まで降ってきて、しだいに車内には重苦しい空気が……
なんとか夜の八時には帰宅できて、家族そろって夕食を囲むことができました。
『20世紀少年』、ようやく読み終えました。ちょっとしみじみしてしまってしばらくはまともな感想が書けません。それで、T・レックスの『20th Century Boy』がリリースされた1973年の音楽の思い出などをきれぎれに...。
僕のiPodは年代別にもプレイリストを編集しているので、今日は千葉への行き帰りを「1973年」の曲ばかりかけ流して運転しました。全部で264曲あったので、ポイントの高い曲を優先して再生するように設定して...。そのいくつかを順不同で紹介します。
ポール・マッカートニー『ジェッツ』
僕が中学に入って最初に好きになった洋楽のひとつです。当時、FM東京では土曜の午後から「ダイヤトーン・ポップス・ベストテン」という番組をやっていました。皆さんも聴いていませんでしたか?DJはシリア・ポールというすてきな声のお姉さんでした。彼女の流暢な英語の紹介の後に流れてきた『ジェッツ』は、ほんとにかっこよく聞こえました。
FM放送をエアチェック(もう「死語」だね)して、カセットテープに録音するというのが当時の流行でしたね。僕は創刊されたばかりの『FMレコパル』がお気に入りで、ラインマーカーで印をつけながらせっせと録音していました。
エルトン・ジョン『グッバイ・イエロー・ブリック・ロード』
うろおぼえなんだけど、邦題は『黄昏のレンガ道』じゃなかったっけ...。大好きな曲で、僕のホームページのどこかでもMIDIで流してます。
ジョン・レノン『マインド・ゲームズ』
これもシリア・ポールのはじける声のあとに聞こえてきて、すぐにとりこになった歌です。だいぶ後でボブ・マーリーを聴いたときに知ったのだけど、この曲にはレゲエのリズムが取り入れられていたんですね。
カーペンターズ『イエスタデイ・ワンスモア』
僕が最初に小遣いをはたいて買ったLPはビートルズの『HELP!』なんですが、2枚目がこの年に発売されたカーペンターズの『ナウ・アンド・ゼン』でした。シングルカットされた名曲の出だしは、どちらも若かりし日への追想から始まります。
When I was younger so much younger than today...「ヘルプ」
When I was young, I'd listened to the radio...「イエスタデイ・ワンスモア」
13歳のやりみず少年は遠い未来を予感していたのかな...。ちょうどレインボーブリッジを通り過ぎるころに流れたカレンの声を聴きながら、48歳のやりみずおじさんは、しばし感傷にひたってしまいました。
この項はしばらく続く....かも
訂正(なのかな)
記憶というのはあやふやなもので、さっき家に帰ってwikiをみたら「ジェット」(「ジェッツ」という表記でもなかったし)は1974年の2月リリースということでした。中学1年の時という記憶だけは正しかったようですが..。英米ではチャートは最高7位ですが、日本だけは1位にのぼりつめています。
橋本のMOVIXで次男が『20世紀少年』を見ているあいだに、同じ時間帯で上映している『男と女の不都合な真実』(原題はTHE UGLY TRUTH)というアメリカ映画を見ることにしました。ラブコメらしいけどR15というのがちょっと気になります。
あと五分で上映開始。

終わった...。先が簡単に読めてしまうし、わざわざ劇場に足を運んでみるほどの作品ではないかもしれないけれども、まあ楽しい映画でした。連休の真ん中なのに、お客さんが少ないのは気になりますね。
R15指定である理由は、たぶん際どい台詞が多いからなんでしょう。高校生ならOKということか。
さて、次男は友だちの正体を知った頃かな。