蛸の自殺 その3
『蛸の自殺』では、〈ロマン・ローラン〉〈ベルグソン〉〈愛と認識との出発〉〈アンナ・カレーニナ〉〈近松門左衛門〉といった当時の知的青年を魅了した固有名詞が、いくぶん照れくさそうに取り上げられています。この〈照れくさそうに〉も批評意識の始まりなのでしょう。「猛烈な智識慾」はあっても「信じ度くはない」謙吉は、浜辺でみた〈日蓮主義青年団〉の教宣活動に対しては、当初興味はもちつつ、すぐに違和感を抱かずにはいられません。
その一方、肺病の母のところに布教に来る〈天理教〉には、その教理にはまったく関心をもたないかわりに、その質朴な信徒たちには好意を抱いています。母のすぐそばでトルストイを読んでいるのですから、それも当然かもしれないですね。
関東大震災はその次の年です。廃墟の中からマルキシズムとモダニズムが競い合い、批評家小林秀雄を召喚する昭和の時代はもうすぐです。ですが、『蛸の自殺』の書かれたこの時期は、まさに大正の生命主義、教養主義の絶頂期といってもいいでしょう。
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